デス・オーバチュア
第303話「殲風昇覇(せんぷうしょうは)」



極東。
ユーベルガイストやアドーナイオスがクリア国に襲来する少し前の話。

「では、師匠~。わたしはこれで失礼いたしますね。短い間ですがお世話になりました~」
殲風院桜は深々と頭を下げて、師に別れを告げた。
「おう、達者でな」
「くっ……」
師……斬鉄剣のディーンは『もう一人の弟子』を片手で捌きながら、それに応じる。
「余所見をするな……っ!」
もう一人の弟子ガイ・リフレインは剣速を速めた。
師の関心を自分に引き戻そうとするかのように……。
「はっ、そんなに俺に構って欲しいのか? 寂しがりやの餓鬼がっ」
「勘違いするな……片手間で相手をされたくないだけだ……!」
「はっ! ツンデレってやつか?」
「気持ち悪いことを言うなっ! この万年酔っ払い!」
「おいおい、今はてめえのために酒を断ってやってるだろうが」
ガイが両手で握った『静寂の夜(サイレントナイト)』から繰り出す猛襲を、ディーンは左手の『斬鉄剣』であっさりと捌き流していた。
「ほぇ~」
桜が感嘆の声を上げる。
二人の『稽古』は目で追うのがやっとだった。
速さも、激しさも、鋭さも、自分とは『領域』が違う。
技(技術)は一目で盗める桜でも、あの太刀筋(剣速)だけは模倣できそうになかった。
少なくとも、今はまだ……。
「おっと、また見惚れるところでした……ここから『先』はわたしが見ていいものではないですしね……」
桜はくるりっと、師と兄弟子に背中を向ける。
「では、失礼しますね、先輩~。先に氷の大地で待ってますから……」
聞こえるか聞こえぬか解らない小声で呟いた後、桜はその場から立ち去っていった。




「ふん、行ったか……」
「…………」
桜の気配が充分に遠ざかったのを確信(確認)すると、師弟は攻防(稽古の手)を止めた。
「じゃあ、『慣らし』はこれくらにして、『本番』を始めるか?」
「随分と秘密主義だな……可愛いがっているようでも、教えないことは教えないか……?」
ガイは師を皮肉るように微笑う。
「阿呆、ここから先は桜にとって悪影響なんだよ。あいつはてめえは勿論、この俺さえ『見本』にしちゃならねえ……基本から先はそれぞれが独自の道を歩む……それが殲風院流だっ!」
「くぅっ!?」
ディーンが『気合い』を込めた声を発しただけで、周囲の大気が震え、ガイを退かせた。
「さあ、気合いを入れろ。てめえの『気勢』を俺に示せ……」
「っ……」
冷たく醒めた瞳がガイを射ぬく。
醒めた瞳……素面の師匠を見るのはいったい何年振りだろうか?
「二十分か……大分……酒が抜けてきたな……」
二十分、それは二人が剣を斬り合った時間(長さ)であり、師匠が最後に酒を呑んでから経過した時間だ。
「一瞬でも『気』を抜くなよ……じゃないと……」
「…………」
「喰い殺すぞっ!」
「つううぅっ!」
爆裂するような轟音。
真っ正面に居たはずのディーンが、真横から斬鉄剣をガイの背中へと叩き付けていた。
「よし、よく受けた!」
斬鉄剣は背中に直撃したわけではない。
ガイは寸前で静寂の夜を『間』に滑り込ませていた。
静寂の夜(己が剣)で背中を強打こそしたが、真っ二つに両断されるよりはマシである。
「おら、次いくぞっ!」
「烈風っ!?」
斬鉄剣が一閃された瞬間、無数の烈風(剣撃の衝撃波)がガイを斬りつけていた。
「気を抜くなっ!」
「しっ!?」
難とか烈風を全て弾き返したかと思えば、今度は実剣があらゆる方向から襲いかかってくる。
「ぐあぁぁっ!」
見えるのは剣刃だけで、剣の先に存在するはずのディーンの姿は認識できなかった。
「おらおらっ、まだまだいくぞぉっ!」
休むことなく『烈風(衝撃波)』と『疾風(斬撃)』がガイに吹き付けられる。
ガイは文字通りの『息もつかせぬ早業(連撃)』を、防ぎきるだけで精一杯だった。
「風はまだまだ早くなるぞ、吹き飛ばされるなよっ!」
宣言通り、風(連撃)の速さがさらに増していく。
「くぅぅぅ……ああああああぁぁぁっ!」
裂帛の気合いと共に、ガイは剣速を爆発的に上げ、まとわりつく風を全て弾き返した。
「おおっ? 俺の方が逆に吹き飛ばされたか」
連撃開始以来初めて、ディーンがガイの前に姿を見せる。
「いい『回転』になってきたじゃねぇか……『本気』の俺についてこれるとはな」
ディーンはとても愉しげな微笑を浮かべていた。
「……本気? よく言う……」
確かに、ある程度は本気なのだろう。
着流しから正装に着替え、木刀から斬鉄剣に持ち替え、片手で酒を呑むのを止める程度には……。
「そういう台詞は……もう一本を抜いてから言え……っ!」
今度はガイがディーンに仕掛けた。
「オオオオオオオオォォォッ!」
静寂の夜による嵐のような乱撃が斬鉄剣に叩き付けられる。
「まだだっ! まだ速くできるはずだっ!」
「くっ……!」
ガイは別に斬鉄剣を狙っているわけではなかった。
いくらディーンを斬ろうとしても、全ての斬撃が吸い寄せられように防がれ、結果として斬鉄剣にしか当たらないのである。
「なら……これならどうだっ!」
ガイは背後に跳び退り、『届かない間合い』から乱撃を放った。
乱撃の一発一発が剣風(衝撃波)を巻き起こし、数えきれぬほど大量の烈風がディーンへと殺到した。
「洒落臭(しゃらく)せえっ!」
ディーンはただ一度だけ斬鉄剣を下から上へ振り上げる。
それだけで、迫る全ての烈風がより巨大な一つの烈風によって掻き消された。
「なっ……!?」
「思いっきり手加減してやるから死ぬんじゃねえぞ」
ディーンは体を思いっきり横に捻ると同時に、大きな一歩でガイの懐へと踏み込む。
「左薙かっ!」
ガイは右手を添えて、静寂の剣の背を『盾』にするように左横へ突き出した。
「殲風(せんぷう)……」
捻りが解き放たれ、斬鉄剣が勢いよく『盾』に叩き付けられる。
「昇覇(しょうは)!!!」
「ぐあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
直後、巨大な旋風(螺旋状の風)が巻き起こり、ガイを天へと舞い上げた。




「殲風昇覇……まあ、お前の殲風裂破を下から上に放ったような技だ」
「…………」
ディーンの目前の大地からガイの下半身が生えていた。
より正確に言うなら、ガイの上半身が全て地面に捻り込んでいるのである。
まるで土が柔らかいマットか何かのように……見事な捻じ込みだった。
「相手が受ければ、回転させて跳ね上げ、例え避けられても、巻き起こった竜巻が相手を呑み込む……防御も回避も不可能な完全無欠の技だ」
「…………」
「もっとも、さっきのは手加減しすぎたからな……あれじゃ殲風じゃなく旋風だ……差し詰め旋風昇破ってところか?」
どちらにしろ『せんぷうしょうは』という名前は変わらない。
殲風裂破や殲風昇覇の名乗る『殲風』とは『全てを殲滅する風』……流派の名であると同時に、『旋風』とは別次元の破壊力を有することを、最強の一撃であることを示す称号だった。
「おら、いつまで寝てやがるっ! さっさと起きねえと、『奥義』を見せてやらねえぞ」
ディーンは、ガイの尻を遠慮無く蹴飛ばす。
「な……ぁぁ……んだとぉぉっ!?」
ガイは捻じ込み方とは逆回転に体を捻って、大地から文字通り飛び起きた。
「おお? まるで人間螺旋(ドリル)だな」
「ふざけるなぁぁっ!」
着地するなり、ガイはディーンの襟首を掴んで詰め寄る。
「殲風裂破が奥義じゃなかったのか!? 俺は奥義を教えろと言ったはずだっ!」
「落ち着け、餓鬼」
「うっ?」
ガイは慌ててディーンから跳び離れる。
ディーンが何の迷いも無く、己が襟首を掴むガイの両手を斬り捨てようとしたからだ。
「そもそも奥義ってのは何だ? 技芸の最も奥深いところ? それはつまりどういうことだ?」
「奥義とは……流派の最強の技だ……」
師の問いに、弟子はもっともシンプルな答えを返す。
「まあ、基本的に間違ちゃいないな。だが、奥義とか付く技がいくつもある流派も存在するだろう?」
「それは……確かにそうだが……」
「安心しろ、うちの流派はそんな安っぽくはねえ。奥義……最強技は一つだ。即ち『殲風』……」
「殲風……殲滅する風……」
「だから、お前の奥義は間違いなく殲風裂破だ。少なくとも現時点ではな……」
「現時点で俺の使える最大最強の技だから……奥義……?」
ガイはまだ少し納得いかなそうな顔をしていた。
「ちなみに、俺の場合は殲風昇覇の方が殲風院流の奥義だ。殲風昇覇は俺が最も好む技だからな……力も一番入り易い……」
だから、結果として最大最強の一撃となる。
「……俺が殲風昇覇を修得(マスター)しても奥義にはならない? 好みの問題で?」
「別に模倣(マスター)したきゃ勝手にしろ。だが、殲風昇覇は一つの旋風(竜巻)で、てめえの裂破(九つの旋風)と同等以上の威力を有するのが本来の形だ。この意味が解るな?」
「今の俺には修得できない……か……」
「ただ単に下から旋風を放つだけなら殲風(奥義)を名乗るなよ」
「……解った……」
ガイは悔しさに震えた。
烈風の乱撃を、一つの烈風で掻き消されたことといい。
現時点では、師と自分では『地力』に差がありすぎるのだ。
「ふん、若さ故の未熟さを認めるのはいいことだ。さて……じゃあ、後三分打ち合えたら、俺の『真の奥義』を見せてやろう」
そう言って、ディーンはとても愉快そうに微笑う。
「は?……はああ!?」
ガイは素っ頓狂な声を上げた。
「殲風昇覇があんたの奥義じゃないのか!? 今までの話は何だったんだ!?」
「別に嘘は言ってねえよ。旋風院流の範疇(はんちゅう)での奥義は間違いなく殲風昇覇だ。いや、正確には『人間』の範疇での奥義か……?」
「ああ?」
一瞬、ディーンの瞳に哀しげな光が宿ったように見えたのは気のせいだろうか?
「絶対にてめえには修得できないだろうが、自分だけの奥義を編み出す参考ぐらいにはなるだろう」
「……絶対に修得不可能だと……」
「ああ、お前が人間をやめない限りはな……残り二分……俺の酔いが醒めるまで『斬り抜け』てみせなっ!」
ディーンは全身から爆発的に闘気を放出させて、ガイに斬りかかった。





「あやつは酒が切れると『鬼』になるのじゃ」
育ての母(?)である黒猫が以前言っていた言葉である。

「ま……さか……比喩じゃなかった……とはな……」
ガイは大地に仰向けなって倒れていた。
「言っておくが、魔族の一種である鬼共とは違うからな……んぐっ」
ディーンは足下のガイを見下ろしながら、右手に持ったブランデー(果実から作った蒸留酒)の酒瓶(ボトル)を口つける。
「ぷはぁぁ~、完全に素面になったのは何百年振りだ? たまには『全力』を出すのも悪くないな……」
「…………」
全力? 違う、アレはこの男の全力……『本性』の片鱗だ。
「……人間やめない限り……ってのはそう言うことか……」
「ああ、ここから先は鬼の……剣鬼斬鬼(けんきざんき)の領域だ……てめえが踏み込むのは一万年早ええんだよっ!」
ディーンは呑み終わった酒瓶を地面に叩き付ける。
「危っ……!」
酒瓶はガイの顔の真横で砕け散った。
「上機嫌なのか……不機嫌なのか……はっきりしろ……これだから酔っ払いは……」
「ああん? ああ、今のは別に怒ったわけじゃねえよ。そこに的(顔)があったから投げつけただけだ」
「おい……」
なおさら悪い、理由が理由になっていない。
「こんなんじゃ足りねえな……帰って本格的に呑み直すか」
非常用に携帯していたのは一瓶(ブランデー)だけであり、そんな程度でこの『無類の酒呑(さけのみ)』が満足するわけがなかった。
「……ああん? 何視てやがるっ!」
弟子をほっぽってさっさと庵に戻ろうとしていたディーンが、いきなり『何もない方向』に烈風を打ち放つ。
「実に興味深い見せ物だった……鬼の領域にまで踏み込んだ人間か」
何もない空間で烈風が弾け飛び、見知らぬ青年が姿を現した。
「ちっ、この俺が無料見(ただみ)させちまうとはな。餓鬼をいびるのに夢中になりすぎたか……」
「恥じることはない。この私の気配の消し方が巧み過ぎただけだ」
両目を黒いバイザーで隠した白髪の青年……いや、少年と呼んでもいい若い男。
真っ白な『制服』のよう衣装を着こなし、背中には180㎝程の両手剣(トゥハンドソード)を背負っていた。
「身の丈に合ってない剣……いや、丁度同じぐらいか?」
白き両手剣は斜めに背負っているからいいが、直立させたら少年の身長より少し長いか、まったく同じぐらいである。
「まあ、問題は使いこなせるか使いこなせないかだな……にしても、『白ラン』とはな……どこの『生徒会長』だ、てめえは?」
「素敵な偏見に礼を言おう。そっちこそいつの時代の『不良学生』だ? スタイリッシュな私の制服と違って、ダサすぎる制服だ……」
白ランの少年は、ダサすぎて目眩がするとばかりに、わざとらしく額を押さえてみせた。
「……ここまで身の程知らずな……癪(しゃく)に障る餓鬼は……そこで転がってる奴以来だ……」
怒りを堪えた微笑というか……ディーンの顔は引き攣っている。
「確かに万の年月を生きた先達に敬意を払うのは吝(やぶさ)かではないが……私は何者にも下手に出るわけにはいかぬ身の上でな……」
「ほう……で、そのやんごとない身分のてめえ様は……いったいどちら様で?」
「我が名はサーフェイス、いずれグランドマスター(全てを極めし者)と成る存在だ!」
サーフェスと名乗った少年は、白き両手剣を左手だけで一息に左肩から引き抜いた。

























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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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